現場で知った、医師の泥臭い現実

現場で知った、医師の泥臭い現実

AoyagiBlog

本来は「一時的な治療の場」としてあるはずの病院。そして「病気を治す人」であるはずの医師。けれども、患者が高齢者や要介護者であると、話はだいぶ変わってくるんです。

知らなかった現実:医師の仕事の半分は「退院後の調整」

学生の頃と医者になってからでは、社会の見方が大きく変わりました。そのきっかけは、病院で出会う患者さんの年齢層。医学の勉強をしていても、病院に来る人というのは50代前後をイメージしていました。けれども現実、70代で自力で歩ける人というのは若い方で、車椅子や寝たきりの80歳〜90歳くらいの人がとても多かった。そして、入院治療が必要になるほどの治療を必要としていたんです。

そうした高齢者の中には、入院することによって認知機能が著しく落ちてしまったり、食事ができなくなってしまう方もいます。そういう場合には退院となっても、生活するためには家族の支援が必要となる。じゃあ家族がすぐに受け入れられるかというと、難しいんですよね。

同居の家族が同じくらいの高齢者だったり、独居だったり、親族が遠くにいたり余裕がなかったり……。そうした理由で、退院後の介護の目処がつかないと、家族の方から「ずっと入院させてほしい」と言われることもありました。

さすがに限られた病床の病院でずっと入院していただくことはできないので、介護施設や在宅医療の調整をして、準備ができたら退院しましょうか、という話になります。ここから始まるのは、長期入院と並行しての「調整業務」です。

一人ひとりの治療方針を考えるだけでも大変ですが、そこからさらに、治療後(=退院後)の生活や家族について考える。ひとりやふたりの話ではなく、これが何十人もいるのが病院の現実でした。いつの間にか、自分の仕事の半分以上は「退院後に関する家族との調整」になっていました。

つらい、を諦めない。未来に向けてやるべきこと

学生時代に考えていた医師の姿……つまり「診察して病気を治す人」という仕事内容とのギャップは大きかったです。医師ってこんなにつらいのか、というのが素直な感想……。

こう感じていたのは僕だけではなかったようで、同じく医師として働く方には「わかるよ」とすごく頷かれます。つらい状況は、みんな同じでした。

医師と聞くと、クールで華やかなイメージを持つ方も多いかもしれませんが、裏ではすごく泥臭い仕事にコツコツ取り組んでいる現実があります。なんとかしたいと思いつつも「これが高齢化ってことか」と諦めている節も。そして、自分たちが退院させることで、どこかで介護離職を余儀なくされた人がいるのかもしれない、と思うようになりました。

高齢化は止まらない。人の頑張りは続かない。だからこそ、乗り越える仕組みを作らないと乗り越えられない。これが、医師として働き始めた青柳の所感でした。

医療・介護に携わる方の中には「つらい、けど、仕方ない」という思いで働く人もいると思います。その頑張りはありがたく、尊いけれども、今のうちになんとかしなければ、未来の介護は崩壊してしまう。「みんなが無理せず、持続可能なかたちで最期まで幸せな環境で人生を送れる未来を叶えたい」。これが、僕の原点とも言える考えです。

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